ジャングルは友達

1970年、CIAがカンボジアに介入したことを発端として、アメリカ軍はカンボジア侵攻作戦を開始する。
このマップは、その作戦の戦端をモデルとしている。
アメリカ軍は重厚な布陣を敷いてカンボジア侵攻を目指す。

このマップを案内してくれたのは、現在でも、VC軍の一兵士としてBFVの最前線で活躍するベト君(22歳)だ。
居心地の悪いジャングルのなかでも、彼はたくましい上半身をむき出しにしている。
服を着なくて不安ではないだろうか、と訪ねる私を、彼は不思議そうに見つめた。

「ジャングルは友達ですよ」

無愛想ながら丁寧な口調で彼は言う。

「おそれることなど無いのです」



うなる野砲


彼はまず、自分たちの本拠地となる基地を案内してくれた。
みすぼらしい民家…もはや廃墟のようなものも含めて、それらがわずかに数件集まっただけの、小さな基地だ。

「アメリカ軍の基地と比べると、ずいぶん小さいです。」

その廃墟の様な基地に呆然としている私に気づいて、ベト君は小さく笑いながら言った。

「でも大丈夫。私たちの道は、地下にも通じているのです。後でご案内します。…まずはこれを」

そういって、彼は私を河岸に据わる野砲の前に導いた。



鋼がむき出しの野砲。そのたたずまいには一種の威厳すら感じる。
ところどころにこびりついた汚れのなかには、あきらかに血の滲みとわかるようなものまで含まれる。

「多くの兵士の血を吸った野砲です。…中には、この砲で敵とともに死んだ仲間もいました」

さわっても良いですか、と尋ねると、なんなら一発撃ってみますか、とのこと。

「ちょっとうるさいけど、大丈夫。安全ですよ」



ベト君の助けを借りながら、私は照準を合わせる。みかけによらず、動きは繊細だ。
さあ、どうぞ、との言葉を聞くと同時に、私は砲を放つ。
意外に高い音がして、弾丸が川向こうの丘に吸い込まれていく。



一瞬の沈黙の後、弾丸が炸裂し、周囲の木や茂みを吹き飛ばした。おそるべき威力だ。

「死んだ仲間の魂を撃つのです。仲間も殺すかもしれませんが、もっとたくさんの敵を殺します」

そういって小さく微笑むと、ベト君は私を地下に案内するといった。



神出鬼没



地下への入り口は非常に質素で、そしてとても兵士の命を預かれるとは思えないほどに脆いものだった。

「私たちは、望むところどこにでも出入り口を設けることができます」

「でも、穴を掘るのはとても危険なこと。工兵は命がけでアメリカ軍の真ん中に潜入するのです」

「たとえばあそこに掘ります。アメリカ軍の基地の目の前です。茂みで見にくいけれど、とても危険です」

そういって彼は、アメリカ軍・第一支援基地のすぐそばの茂みを指さした。



こんな危険なところに穴を掘るのですか? 呆れながら尋ねると、彼は力強くうなずいた。すぐそばに米軍の旗が見えるではないか。

だが彼は、こともなげに言う。

「当然です。より危険な作戦ほど、より効果が高いのです」



むろん彼らは大胆なだけではなく、ときにはとても注意深く入り口を設ける。
ここは上記マップでいうD3あたり(第二支援基地の真西)の山中だが、完璧にカモフラージュされている。



驚くべき技術

さらにベト君は、私たちに驚くべき事実を告げる。なんでも、米軍の残した資材で、戦車を作れるというのだ。

「アメリカ軍は、逃げるときになんでも置き去りにします。戦車の一台くらい、簡単なことです」

特に、アメリカ軍の最前線である第一支援基地には、戦車を修理するための部品が豊富にあるという。



実際、彼らは仲間の工兵を呼び集めると、置き去りにされた機材を用いて、ベースで瞬く間に戦車を作り上げてしまった。

「彼らは、私たちにこんな技術や知識は無いと思っています。それは大きな間違いです。」

そういってベト君は透き通るようなほほえみを浮かべた。

「そうやって侮ってくれるのは、私たちにとっては有利なことです。」

その言葉の端々に、誇りを感じたことは言うまでもない。



神聖なる遺跡と寺院

ベト君は次に、第二支援基地を抜けて、私を橋のそばの遺跡に案内してくれた。
ここは見なくてよいのか、と第二支援基地の前で彼に尋ねると、彼ははじめて声をたてて笑った。

「こんなの、どうしてアメリカ軍がこんな基地を作ったのか、とても不思議です。私たちにとっては小石のようなもの」

いうなり、彼は私を促して先へ進んだ。だが広大な基地の中と周辺には、膨大な量の資材が積まれている。
この堂々たる基地を小石と呼べる彼らの勇敢さには敬意を表さざるを得まい。



その基地を抜けてみちなりにすすむとやがて橋が見え、そこから少し戻ったところに、小さな祠があった。
こんなところにも米軍の資材が積まれている。



「ここは昔、神様を祀っていたところ。なるべくなら傷つけたくないのですが、仕方ありません」

私からみれば、その遺跡はもはや単なる廃墟に過ぎない。しかし、彼らにとっては非常に神聖な場なのであろう。
彼らの信仰心が厚いことは、私たちが寺院に近づくにつれて沈痛な面持ちに変わっていくベト君を見ればわかる。



傷つきながらも神韻を放つ寺院。



しかし神を祀るべき祭壇には、無情にも米軍の旗がはためく。

「ここは私たちにとってとても神聖な場所なのです。アメリカ軍が居て良い場所ではありません」

強く断言するベト君。でも、と彼は続ける。



「アメリカ軍が待ち伏せしているので、寺院の脇の川を渡るのも、遺跡からまっすぐここにくるのもとても大変」

そういって彼はクビを振った。



虚をつく



最後に彼は、米軍にとっての脱出口となる吊り橋に案内してくれた。

「ここを押さえれば、アメリカ軍は袋の鼠です。でも、いつも無防備」

そういって彼は笑いながら、とんとんと警戒に吊り橋を渡る。

「ここを押さえると、アメリカ軍はいつもあわてて取り戻しに来ます」

「彼らは優秀な兵器と兵士をたくさん持っています。でも、私たちは負けません」

そう力強く言うと、ベト君は吊り橋の脇に落ちていた朽ちかけた北ベトナム軍の帽子を、
何事か祈りのようなものをつぶやきながら、丁寧に地面に埋めた。



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